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FNS歌謡祭』(エフエヌエスかようさい、: FNS MUSIC FESTIVAL )は、フジテレビ系列(FNS)で1974年から毎年12月第1水曜日ゴールデンタイムプライムタイムJST)に生放送されている日本年末大型音楽番組2012年からは、毎年に当番組の派生番組として『FNSうたの夏まつり』も放送されている。

沿革 編集

コンテスト時代(1974年 - 1990年) 編集

「FNS歌謡祭音楽大賞」は、フジテレビ開局15周年となる1974年に制定された。目的は「テレビを通して新しい日本の歌謡曲の方向を定め、明日のテレビ文化の創造を目指し制定する事」としていた。日本音楽事業者協会音楽出版社協会日本レコード協会が協賛をした。1974年7月2日、第1回授賞式予選が開催され、その模様はフジテレビ系列局を通じて全国に生中継された。主に以下の賞が設定されていた。

  • グランプリ(1974年・1975年は「年間最優秀グランプリ」、1976年・1977年は「最優秀グランプリ」)
  • 最優秀新人賞(1974年のみ「最優秀ホープ賞」)
  • 最優秀歌唱賞
  • 最優秀ヒット賞
  • 最優秀視聴者賞
  • 最優秀歌謡音楽賞
  • 優秀新人賞
  • 最優秀作詞賞
  • 最優秀作曲賞
  • 最優秀編曲賞
  • 特別賞

グランプリ受賞者に贈られる賞金は当初100万円であったが、後に500万円までに増額された。ノミネートについては、視聴者4000人を対象に実施したアンケート調査の結果を元に選抜された。

1974年と1975年については分割して年に2度、上期賞が6月に、下期賞が12月にそれぞれ設けられており、即ち第1回が1974年上期賞、第2回が1974年下期賞、第3回が1975年上期賞、第4回が1975年下期賞と回を重ねて開催された時期である。

審査対象期間は上期賞を前年の12月1日から本年5月31日迄とし、下期賞を本年6月1日から11月30日迄と定められた。その上に1期毎に予選と本選を開催すると云う2部制が採用されたため、1年で4回(上期賞予選、上期賞本選、下期賞予選、下期賞本選)にも亘って開催されていた。審査は上期賞と下期賞それぞれに各部門の最優秀賞を決定し、下期賞本選に於いてその中から年間最優秀グランプリを決定すると云う手順を踏んだ。

最初(1974年)の年間最優秀グランプリは五木ひろしが受賞したが五木はこの他、第9回(1980年)と第13回(1984年)にも最優秀グランプリを受賞しており、最優秀グランプリ通算受賞回数では歴代単独第1位の記録を持つ。

第5回(1976年)から開催は年に一度になったが、2部制については引き続き導入された。

放送枠は、第3回(1975年上期)までは火曜日の『火曜ワイドスペシャル[1](以降『火WSP』と略記)をそのまままたは枠拡大するか、あるいは木曜日の通常番組を休止してのどちらかだったが、第4回(1975年下期)から第25回(1996年)までは『火WSP』で放送した(ただし1976年放送の「第5回」予選のみ金曜日)。そして放送枠は、当時『火WSP』が20:00 - 21:24であるため、予選は第9回(1980年)まで一貫して通常枠で放送したのに対し、本戦は第6回(1977年)までは、19:30の『クイズグランプリ』と19:45の『スター千一夜』(以上帯番組)を休止して19:30 - 21:24の2時間枠で放送、第7回(1978年)から第9回までは19:00アニメまんが名作劇場 サザエさん』(再放送)も休止して19:00 - 21:24と2時間半で放送した。そして第10回(1981年)からは『火WSP』が19:30 - 20:54に繰り上がったのに伴い、予選・本戦とも19:00 - 20:54の2時間枠に変更した。

予選は12月第1火曜日に「発表!FNS歌謡祭'76〜'77音楽大賞」「発表!FNS歌謡祭'78〜'85優秀賞」と題し、部門別に発表されたノミネート曲の中から各部門の最優秀賞受賞曲が選考された。

本選は12月第3火曜日に「決定!FNS歌謡祭'76〜'77音楽大賞最優秀グランプリ」「決定!FNS歌謡祭'78〜'85グランプリ」と題し、各部門の最優秀賞受賞曲から最優秀グランプリ等の最終審査が行われた。

第15回(1986年)からは2部制を廃止し、12月の第1火曜日(一部は第2火曜日)に「決定!FNS歌謡祭'86〜'90グランプリ」と題し民放初の試みとして3時間の生放送枠を取り、ノミネート曲の発表から最終審査迄の模様を一度の中継放送で一挙に発表する形式に改められた。なおこれに伴い、21:00の『なるほど!ザ・ワールド』は人気番組であるにも関わらず、放送時には休止された[2]

平成に入ると、音楽祭受賞に左右されないアーティストが増え、ヒット曲を出しているにもかかわらずノミネートを辞退するアーティストが続出したことで音楽祭としては成り立たないことから、『日本歌謡大賞』や日本テレビ系列『日本テレビ音楽祭』やテレビ朝日系列『全日本歌謡音楽祭』、テレビ東京系列『メガロポリス歌謡祭』等、民放テレビ局主導の音楽賞番組が次々と姿を消していく中、本番組も例外ではなく、第19回(1990年)限りでコンテスト形式の音楽祭は終了した。

コンサート時代(1991年 - ) 編集

第20回(1991年)から『FNS歌謡祭』のタイトルをそのまま踏襲したものの、その年を象徴する歌手がその年の自身の代表曲を披露するのみとなるコンサート形式に変更され、それ以降この形式が定着している。最初の第20回(1991年)のみ歴代の最優秀グランプリ受賞者が招かれ、それぞれの代表曲を披露した。さらに、この年からの「グランドプリンスホテル新高輪・飛天」の会場の構成を活かして、出番ではないアーティスト[3]は、2つのステージを見渡せる真ん中にいくつか配置している観覧席に着席して観覧している。尚、CMを境に、座席のアーティストを順次変更している。

第26回(1997年)からは『火WSP』および『サザエさん』(再放送)枠の廃止に伴い、放送日が第1木曜日に変更になった。

第32回(2003年)からは放送日が第1水曜日に、放送時間が19時から23時18分までの4時間18分にそれぞれ変更になった。これは2003年は第1木曜日(12月4日)に東アジアサッカー選手権[4]の中継が入ったためである。

第39回(2010年)はコンサート形式になってから20年目を迎えた。『クイズ!ヘキサゴンII』(2011年9月終了)や『はねるのトびら』(2012年9月終了)、同年10月改編で水曜日21時へ移動してきた『ホンマでっか!?TV』など、水曜日の人気レギュラー番組の改編期以外の休止を極力避けるため放送日は第1土曜日(12月4日)に、放送時間は19時から23時10分まで[5]の4時間10分に短縮された。

第40回(2011年)は12月の第1土曜日(12月3日)にワールドカップバレーの中継が入ったことと、水曜19:00枠が『クイズ!ヘキサゴンII』の唐突な打ち切りと3か月間穴埋め番組の調整もあったためか、2年ぶりに第1水曜日(12月7日)の放送になっている。この回をもって、これまで10年間総合演出を務めてきた板谷栄司が勇退した[6]

第41回(2012年)からは、毎年夏(7月下旬又は8月上旬)に1回、当番組のスタッフが制作する『FNSうたの夏祭り』がゴールデンタイム・プライムタイムに約4時間かけて放送されている。それに伴い、2012年からは、夏に『FNSうたの夏まつり』、冬に当番組が放送されている為、フジテレビでは毎年2番組の大型音楽番組が放送されていることになる。さらに昨年まで総合演出を務めた板谷栄司に代わり、同年の『FNSうたの夏まつり』を担当した浜崎綾に交代した。セットが大幅にリニューアルしている(なお、FNS歌謡祭の基幹番組である『僕らの音楽』では2014年3月まで板谷が総合演出を務めたが、こちらも同年4月からをもって浜崎に交代)。

第42回(2013年)は同年4月よりフジテレビ水曜10時枠の連続ドラマが再開しているが、例年通り12月の第1水曜日の放送となり、これ以降も当該枠で放送のドラマは休止となっている。この年を最後に2002年から担当した当番組のチーフプロデューサーきくち伸が降板した。

第43回(2014年)は放送時間を19時から23時42分までの4時間42分に拡大され、当番組過去最長の放送時間だった。それは、今まで放送されることのなかった夜の深い時間帯(深夜)へと拡大されてのオンエアだった。前述のきくち降板により、例年とは違う演出が散見された。

2015年4月15日から9月2日まで毎週水曜日19時57分から20時54分に、当番組のスタッフが制作する『水曜歌謡祭』がレギュラー放送された。その最終回において「第44回(2015年)は2日間7時間越えで放送する」旨が発表された(同時に金曜23時30分から23時58分に、新しい音楽番組が放送されることも発表された。)

2015年10月16日から毎週金曜日23時30分から23時58分に、同年9月2日にレギュラー放送を終了した『水曜歌謡祭』の後継番組及びリニューアル番組として、当番組のスタッフが制作する『Love music』のレギュラー放送が開始された。MCも引き続き、森高と渡部が担当する。

第44回(2015年)は当番組初となる2DAYSとして生放送されることになり、第1夜は『2015 FNS歌謡祭 飛天』と題し、例年通りの形式で「グランドプリンスホテル新高輪・飛天」を会場に、12月2日(水曜日)19時から23時18分まで生放送され、第2夜は『2015 FNS歌謡祭 THE LIVE』と題し、12月16日(水曜日)19時から21時54分まで生放送される[7]。第1夜の4時間18分、第2夜の2時間54分、合計放送時間7時間12分の生放送となる。司会は第一夜は異例ながらもアナウンサーの起用はせず、俳優・女優のみとなり、第二夜は初となるお笑いコンビの起用が行われた(後述)。また、翌2016年3月を以て、先述の水曜22時枠ドラマが廃枠になるため、「水曜22時枠ドラマを休止して放送する」体制は第44回が最後となる。

放送日 編集

  • 各年度の平均視聴率はビデオリサーチ調べ(関東地区・世帯)。赤数字は最高視聴率、青数字は最低視聴率。
放送回放送日放送曜日放送時間放送タイトル司会進行役会場平均視聴率瞬間最高視聴率
男性司会者女性司会者
第1回1974年7月2日火曜日20:00 - 21:251974 FNS歌謡祭小川宏吉永小百合小林大輔帝国ホテル「孔雀の間」26.2 %不明
1974年7月18日木曜日20:00 - 21:55日本劇場34.0 %
第2回1974年12月10日火曜日20:00 - 21:25帝国ホテル「孔雀の間」不明
1974年12月19日木曜日20:00 - 21:55新宿コマ劇場26.4 %
第3回1975年7月1日火曜日20:00 - 21:251975 FNS歌謡祭小林大輔
岩佐徹
京王プラザホテル
「コンコードボールルーム」
25.9 %
1975年7月17日木曜日20:00 - 21:55中野サンプラザ22.3 %
第4回1975年12月2日火曜日20:00 - 21:24フジテレビ旧河田町社屋
第6特設スタジオ
28.8 %
1975年12月16日19:30 - 21:24中野サンプラザ30.3 %
第5回1976年12月7日金曜日19:30 - 20:541976 FNS歌謡祭浅茅陽子不明→不在フジテレビ旧河田町社屋
第6特設スタジオ
不明
1976年12月21日火曜日19:30 - 21:24中野サンプラザ28.2 %
第6回1977年12月6日20:00 - 21:241977 FNS歌謡祭関口宏芳村真理フジテレビ旧河田町社屋
第6特設スタジオ
30.6 %
1977年12月20日19:30 - 21:24中野サンプラザ36.0 %41.7 %
第7回1978年12月5日20:00 - 21:241978 FNS歌謡祭露木茂中野サンプラザ不明不明
1978年12月18日19:00 - 21:24日本武道館
第8回1979年12月4日20:00 - 21:241979 FNS歌謡祭中野サンプラザ
1979年12月19日19:00 - 21:24日本武道館
第9回1980年12月2日20:00 - 21:241980 FNS歌謡祭中野サンプラザ
1980年12月16日19:00 - 21:24日本武道館
第10回1981年12月1日19:00 - 20:541981 FNS歌謡祭中野サンプラザ26.3 %
1981年12月15日日本武道館29.2 %
第11回1982年12月7日1982 FNS歌謡祭中野サンプラザ24.1 %
1982年12月21日日本武道館28.3 %
第12回1983年12月6日1983 FNS歌謡祭中野サンプラザ20.1 %
1983年12月20日日本武道館26.6 %
第13回1984年12月4日1984 FNS歌謡祭中野サンプラザ23.4 %
1984年12月18日日本武道館22.8 %
第14回1985年12月3日1985 FNS歌謡祭中野サンプラザ19.1 %
1985年12月17日日本武道館21.2 %
第15回 1986年12月16日19:00 - 21:541986 FNS歌謡祭日本武道館24.4 %
第16回 1987年12月8日1987 FNS歌謡祭露木茂
古舘伊知郎
不在24.8 %
第17回 1988年12月6日1988 FNS歌謡祭フジテレビ旧河田町社屋
第6特設スタジオ
不明
第18回 1989年12月12日1989 FNS歌謡祭日本武道館
第19回 1990年12月11日1990 FNS歌謡祭露木茂楠田枝里子
第20回 1991年12月10日1991 FNS歌謡祭グランドプリンスホテル新高輪[8]
「飛天」
27.6 %32.2 %
第21回 1992年12月8日1992 FNS歌謡祭26.4 %不明
第22回 1993年12月7日1993 FNS歌謡祭不明
第23回 1994年12月6日1994 FNS歌謡祭
第24回 1995年12月5日1995 FNS歌謡祭
第25回 1996年12月10日1996 FNS歌謡祭川端健嗣横浜アリーナ24.0 %
第26回 1997年12月11日木曜日1997 FNS歌謡祭21.7 %
第27回 1998年12月3日1998 FNS歌謡祭グランドプリンスホテル新高輪
「飛天」
19.7 %
第28回 1999年12月2日19:00 - 22:141999 FNS歌謡祭22.2 %
第29回 2000年12月7日19:00 - 21:542000 FNS歌謡祭22.5 %
第30回 2001年12月6日19:00 - 22:032001 FNS歌謡祭16.3 %
第31回 2002年12月5日19:00 - 22:192002 FNS歌謡祭19.0 %
第32回 2003年12月3日水曜日19:00 - 23:182003 FNS歌謡祭21.2 %
第33回 2004年12月1日2004 FNS歌謡祭21.8 %
第34回 2005年12月7日2005 FNS歌謡祭草彅剛黒木瞳川端健嗣20.1 %
第35回 2006年12月6日2006 FNS歌謡祭川端健嗣
高島彩[9]
21.3 %
第36回 2007年12月5日2007 FNS歌謡祭20.7 %
第37回 2008年12月3日2008 FNS歌謡祭不在19.7 %
第38回 2009年12月2日2009 FNS歌謡祭草彅剛18.5 %
第39回 2010年12月4日土曜日19:00 - 23:102010 FNS歌謡祭不在21.7 %[10]29.4 %
第40回 2011年12月7日水曜日19:00 - 23:182011 FNS歌謡祭高島彩川端健嗣19.9 %26.0 %
第41回 2012年12月5日2012 FNS歌謡祭不在18.3 %22.8 %
第42回 2013年12月4日2013 FNS歌謡祭滝川クリステル18.8 %23.4 %
第43回 2014年12月3日19:00 - 23:422014 FNS歌謡祭高島彩
加藤綾子
グランドプリンスホテル新高輪「飛天」
フジテレビ本社V5スタジオ(2元中継)
15.4 %19.7 %
第44回(1) 2015年12月2日19:00 - 23:182015 FNS歌謡祭成宮寛貴桐谷美玲
広瀬アリス
広瀬すず
グランドプリンスホテル新高輪「飛天」16.1 %20.2 %
(2) 2015年12月16日19:00 - 21:542015 FNS歌謡祭 THE LIVEアンジャッシュ森高千里軽部真一フジテレビ特設スタジオ
ヴィーナスフォート教会広場(2元中継)
15.4 %非公表
第45回(1) 2016年12月7日19:00 - 23:182016 FNS歌謡祭EXILE TAKAHIRO広瀬アリス
広瀬すず
加藤綾子グランドプリンスホテル新高輪「飛天」16.2%17.5%
(2) 2016年12月14日フジテレビ特設スタジオ16.1%18.6%

※「」は予選、「」は本選、「(1)」は第1夜、「(2)」は第2夜を表す。


視聴率 編集

以下、断りのない限りはビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯。

  • 当番組最高の平均視聴率は第6回の1977年の本選の36.0パーセント
  • 当番組最高の瞬間最高視聴率は第6回の1977年の本選の41.7パーセント
  • 視聴率は1996年以降は15パーセント以上を維持しており、2003年から2007年にかけては、5年連続で20パーセント超えた。民放各局の年末音楽特番では、ほぼ毎年視聴率1位を獲得している。
  • 第43回(2014年)は放送時間が19時から23時42分の4時間42分に拡大された。当番組過去最長の放送時間であり、これまで放送されることのなかった夜の深い時間帯(深夜)へと拡大されての放送だったこともあり、視聴率は15.4パーセントを記録。
  • 第44回(2015年)の「2015 FNS歌謡祭 THE LIVE」において平均視聴率15.4パーセントを記録。

受賞 編集

  • 2008年1月23日に「フジテレビ社長賞」を受賞。音楽番組で初の社長賞受賞となった[11]

会場 編集

  • コンテスト時代には、ほとんどの年が公開生放送であった。コンサート形式になった現在は横浜アリーナで開催された1996年と1997年を除き、ホテルの宴会場を使って関係者以外の立入りを規制した非公開で開催している。理由は、他局とは一線を画した厳か、且つ豪華で格調の高い音楽番組を制作するためであると言う。また、一時期はフジテレビクラブ会員が少数ではあるが招待されていた。
  • しかし、2014年(第43回)は従来のホテル宴会場とフジテレビ本社スタジオの2元中継にて開催され、本社スタジオ部分のみ観覧者が入るライブ形式の公開放送となった。

コンサート時代の歴代トップバッター&大トリ 編集

トップバッター 編集

年(回)アーティスト
1991年(第20回)
1992年(第21回)
1993年(第22回)中森明菜愛撫
1994年(第23回)
1995年(第24回)米米CLUBJUST MY FRIEND
1996年(第25回)
1997年(第26回)SPEEDWhite Love
1998年(第27回)モーニング娘。抱いてHOLD ON ME!
1999年(第28回)A・RA・SHI
2000年(第29回)感謝カンゲキ雨嵐
2001年(第30回)君のために僕がいる
時代
2002年(第31回)松浦亜弥♡桃色片想い♡
2003年(第32回)NEWSNEWSニッポン
2004年(第33回)大塚愛さくらんぼ
2005年(第34回)SMAPBANG! BANG! バカンス!
2006年(第35回)Dear WOMAN
2007年(第36回)弾丸ファイター
2008年(第37回)Still U
2009年(第38回)SCANDAL少女S
2010年(第39回)WEAVERHard to say I love you ~言い出せなくて~
2011年(第40回)がんばろうニッポン 愛は勝つ シンガーズ愛は勝つ
2012年(第41回)GLAYJUSTICE from GUILTY
2013年(第42回)B'z×櫻井哲夫LADY-GO-ROUND
2014年(第43回)May J.×郷ひろみ×花澤香菜×長妻樹里Let It Go 〜ありのままで〜
2015年(第44回)高橋克典×SCANDAL×葉山拓亮(Tourbillon)抱きしめたい
V6×A.B.C-Z×ジャニーズWESTMUSIC FOR THE PEOPLE
2016年(第45回)藤澤ノリマサ歓喜の歌
KinKi Kids×Hey! Say! JUMP×Sexy Zone×A.B.C-Z×ジャニーズWESTシンデレラ・クリスマス[注 1]

大トリ 編集

年(回)アーティスト
1991年(第20回)とんねるず情けねえ
1992年(第21回)一番偉い人へ
1993年(第22回)CHAGE&ASKAYAH YAH YAH
1994年(第23回)とんねるずガニ
1995年(第24回)郷ひろみ逢いたくてしかたない
1996年(第25回)
1997年(第26回)安室奈美恵CAN YOU CELEBRATE?
1998年(第27回)野猿Get down
1999年(第28回)Be cool!
2000年(第29回)郷ひろみなかったコトにして
2001年(第30回)北島三郎まつり
2002年(第31回)浜崎あゆみVoyage
2003年(第32回)SMAP世界に一つだけの花
2004年(第33回)浜崎あゆみMoments
2005年(第34回)SMAPTriangle
2006年(第35回)ありがとう
2007年(第36回)Christmas Night
2008年(第37回)この瞬間、きっと夢じゃない
2009年(第38回)世界に一つだけの花
2010年(第39回)出演者合唱
2011年(第40回)HARUNA(SCANDAL)
新垣里沙(当時・モーニング娘。)
FLiP
西野カナ
AKB48
スペシャルメドレー
2012年(第41回) 清水佐紀・嗣永桃子(当時・Berryz工房)
矢島舞美(℃-ute)
寿美菜子(スフィア)
AKB48
スペシャルメドレー
2013年(第42回)B'zReal Thing Shakes
2014年(第43回)SMAPAmazing Discovery
2015年(第44回)SMAP×Otherside
X JAPANスペシャルメドレー
2016年(第45回)長渕剛乾杯
KinKi Kids
T.M.Revolution
高橋みなみ
槇原敬之
BREAKERZ
浅倉大介(access)
全部だきしめて[注 2]

エピソード・その他 編集

  • 1985年、中森明菜が大賞を受賞した際はトロフィーと花束で両手が塞がりマイクが持てなくなる一幕があった。中森はそのことを口にせず周囲は対応を取ろうとしなかったが、候補者として同じステージにいたアン・ルイス岩崎良美が中森から花束を受け取ってさりげなくフォローしたため、スムーズに歌唱へと移った。
  • 1975年、第3回(本選)の生放送開始直前、超満員の観客が見守る中でナイフを持った34歳(当時)の男がステージに向かい、司会の吉永小百合を襲うというハプニングが起きた。会場は一時騒然となったが、男はその場で取り押さえられ、吉永にも怪我はなかった。
  • 美空ひばりは芸能生活30周年を迎えた1976年に特別賞を受賞し、1度だけ出演したことがあり、「雑草の歌」を歌唱した。1989年、ひばりの死去に伴って特別賞が授与された(死後追贈)。
  • コンサート形式に変更されてからの数年間は、「ベストヒットセレクション」として1990年代のみの形式変更後の曲しか放送されていなかった。
  • 放送翌日には、フジテレビの情報報道番組で本番組の名場面や舞台裏模様を放映することが恒例となっている。
  • 2001年は「2001FNS歌謡祭・放送10周年記念」と題して行ったが、これはコンテスト時代の年数を勘定に含まない形で「10周年」としていたためであった。2004年は第1回(1974年)から通算した年数により「30周年記念・2004FNS歌謡祭」と題して行った。
  • 「秘蔵VTR感動の名曲集」(第1回からの名場面ピックアップ映像集)は、2002年に初めて放送された。
  • 2005年では男性司会者の草彅がSMAPとしても出演しトップバッターと大トリで歌唱し、女性司会者の黒木も歌手としても出演(芸能生活25周年記念)し、「すみれの花咲く頃」、「運命〜ぐうぜん〜」の2曲を歌唱したため、司会が双方とも歌手としても出演する初の形となった。以降、草彅の司会が続くとともに、SMAPがトップバッターと大トリで歌唱するのが恒例となっている。2007年には黒木と彼女がかつて在籍していた宝塚歌劇団のメンバーで『すみれの花咲く頃』を歌唱した。
  • 出演アーティストのほとんどはメイン会場にいるが、地方でのコンサートの関係でメイン会場に行けない場合もある。その際は、FNS系列各局が中継技術協力を行い、コンサート会場または会場近くのFNS系列局から中継を結んで歌を披露している。また出演アーティストが座る席には烏龍茶が配られることが恒例[12](他にオレンジジュースバナナ[13]もある)。
  • 客席にフジテレビの若手女性アナウンサーが映ることがしばしばあるが、これは港曰く「見切れてもいいAD」なのだそうで、彼女達は出演者誘導などの裏方仕事に従事している。
  • 2000年代後半以降、話題性のある芸能人・著名人(俳優・女優・スポーツ関係者)がゲスト出演する演出が恒例となっている。
  • 2005年4月6日放送の『ワンナイR&Rスペシャル』で松浦ゴリエプロデュースによる「FNS志賀歌謡祭」という企画を放送していた。アシスタントプロデューサー志賀直哉に対して離婚経験芸能人が判定する『行列ができる離婚相談所』や生放送部分もあった(この企画はFNS歌謡祭責任者の港浩一の許可が下り、実現した)。
  • 2008年の放送では、番組開始35周年と開局50周年を記念して「フジテレビ音楽番組50年秘蔵映像」を放送。過去の本番組からはもちろんのこと、『夜のヒットスタジオ』、『ミュージックフェア』、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』、『僕らの音楽』、『ヒットパレード'90s』、『G-STAGE』、『SOUND ARENA』『日本歌謡大賞』などの歴代フジテレビ系列音楽番組からの秘蔵映像が紹介された。また『情報プレゼンター とくダネ!』(当時、木曜日に「朝のヒットスタジオ」という歌のコーナーを放送)司会の小倉智昭菊川玲が会場出演。以後小倉の出演が恒例化している(小倉は翌朝の『とくダネ!』で後日談を語るのも恒例)。
  • 2011年3月27日には「東北地方太平洋沖地震東日本大震災)復興支援」を目的とした本番組の特別編『FNS音楽特別番組 上を向いて歩こう 〜うたでひとつになろう日本〜』が19:00 - 21:54(JST)にて放送され、司会は草彅剛と高島彩が担当した。また、同番組はAMラジオ局ニッポン放送茨城放送で同時生放送、東北放送IBC岩手放送ラジオ福島で翌日未明(同日深夜)に録音放送された。そして8月6日(テレビ大分は8月14日)には同年2度目の本番組特別編『FNS歌謡祭 うたの夏まつり2011』が放送された。それ以降も『FNSうたの夏まつり』のタイトルで毎年7月下旬から8月上旬のプライムタイムで放送が行われている。
  • 2011年7月24日放送の『FNS27時間テレビ』では、本番組のメインステージに似せたセットを使用し『FNS歌へた祭』というパロディが行われた。
  • 系列局でも、テレビ大分ではクロスネットの都合で、放送日時を差し替えることがある。また、テレビ山口は、1987年9月30日限りでフジテレビ系列から脱退(TBS系列のニュース・番組の関係でクロスネット局であったTBS系列フルネット完全移行)したため、遡っての1986年度限りでの放送終了を余儀なくされた。広島テレビ日本テレビ系列)では、テレビ新広島開局まで放送されていたが、日本テレビ番組の関係で、前半同時ネット・後半同日深夜に録画で差し替え、となる場合があった。新潟総合テレビでは、テレビ新潟開局までNST土曜スペシャル内で放送されたことがある。山形県では当初から1992年までは山形テレビで放送されたが、1993年4月のテレビ朝日系列へのネットチェンジの影響でしばらく放送されなかった[14]が、1997年4月にさくらんぼテレビが開局したため、4年ぶりに山形県での放送が復活した。
  • 2014年12月3日放送の『FNS歌謡祭』では米大リーグ・ヤンキースの田中将大投手が、お笑いコンビのとんねるずと歌い踊るという自体が発生した。そもそも田中投手は同番組の客席に座って鑑賞していたのだが、とんねるずのメドレー中に木梨憲武によって連れ出され、舞台上に上げられ、とんねるずの楽曲で『ガラガラヘビがやってくる』を歌い踊らされるということに至った。田中投手が終始照れながらも、一生懸命歌って踊っている様子が放送された。田中投手は放送後、「色々と予期せぬこともありましたが......笑 楽しかったです」と自身のTwitterに書き記した。[15]

脚注 編集

  1. ただし本音楽祭は『火WSP』番組扱いはされない。また木曜初回の第26回は、19:00 - 20:54が『強力!木スペ120分』枠、そして土曜放送の第40回は、21:00 - 23:10が『土曜プレミアム』枠だが、いずれも『木スペ120』や『土プレ』扱いはされない。
  2. ただし第24回1996年)では、同年3月に『なるほど!ザ・ワールド』が終了し、新たにドラマ枠「火9」が設置されたものの、この時は『こんな私に誰がした』は休止せず、後続番組(厳密にはその前の『FNNレインボー発・あすの天気』)と共に1時間繰り下げて放送した。
  3. 前半に出番がありパフォーマンスを終えたアーティストや後半に出番がありパフォーマンスを控えているアーティストなど。
  4. 本来は5月を予定していたが、SARSの影響で延期になった。
  5. 土曜は23時10分からレギュラー番組が設定されているため。
  6. 板谷栄司監督、映画SESSION』公式サイトでも確認できる。
  7. 『FNS歌謡祭』今年は2夜放送 桐谷健太ら初登場 ORICON STYLE 2015年11月14日閲覧。
  8. 2006年までは新高輪プリンスホテル。
  9. 2010年まではフジテレビアナウンサーでそれ以降はフリーアナウンサー。
  10. 瞬間最高視聴率は80年代の同番組のVTR集「感動の名曲集PART2」を放送した午後8時59分に29.4 %を記録した。[1]
  11. [http://otogumi.fujitv.co.jp/lovekp/E20080123001.html 2008/01/23『FNS歌謡祭』フジテレビ社長賞受賞! 2008年1月23日
  12. 2012年12月2日放送分の『新堂本兄弟』で槇原敬之がこの旨を語った。
  13. 2013年1月27日放送『新堂本兄弟』で、高見沢俊彦が、高橋みなみに「バナナ食べ過ぎ」と言及。
  14. ただし、ケーブルテレビなどで近隣のフジテレビ系列局(仙台放送・秋田テレビ・福島テレビ・新潟総合テレビ)を受信出来た場合は引き続き視聴可能だった。
  15. マー君、生放送で歌って踊る......里田まいは「ナイスステップ!」 トレンドニュース(GYAO) 2014年12月4日

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