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DAIGO
基本情報
出生名 内藤 大湖
出生 1978年4月8日(39歳)
血液型 AB型
学歴 玉川大学文学部芸術学科中退
出身地 日本の旗 日本東京都
ジャンル J-POP
ロック
職業 シンガーソングライター
ミュージシャン
タレント
担当楽器 ボーカル
活動期間 2003年 -
レーベル ビクターエンタテインメント
(2003年 - 2006年
ZAIN RECORDS
2007年 - )
事務所 ソニー・ミュージックアーティスツ
共同作業者 BREAKERZ
池田大介
大賀好修
公式サイト DAIGOオフィシャルブログ
BREAKERZ OFFICIAL SITE
デヴィッド・ボウイ
B'z
BOØWY
氷室京介
X JAPAN

DAIGO(ダイゴ、1978年4月8日 - )は日本シンガーソングライターミュージシャンアイドルタレント俳優であり、ロックバンドBREAKERZ』のボーカルである。本名内藤 大湖(ないとう だいご)。東京都出身。所属芸能事務所ソニー・ミュージックアーティスツ。母方の祖父は元衆議院議員で、第74代内閣総理大臣竹下登。姉は漫画家影木栄貴金丸信小沢一郎とも親戚関係にある。

2003年DAIGO☆STARDUST(ダイゴ☆スターダスト)のアーティスト名でメジャーデビュー2007年、『BREAKERZ』結成を機にDAIGOに改名した。

略歴、音楽性 編集

1978年 - 2001年 (誕生からインディーズバンド時代) 編集

1978年東京都中野区にて誕生。3歳から小学3年生の夏までを千葉県市川市で過ごし、祖父が総理大臣に就任することに伴い再び東京都へ移住[1]玉川学園中学部・高等部を経て玉川大学文学部芸術学科(音楽専攻)中退。

中学3年の時、兄の持っていたBOØWYCDをきっかけに音楽に目覚める[2]。当初は何故かクラシック・ギターを習いに行ったが、なにか違うと思いすぐに辞め、独学でエレキギターを練習した[3]。友達と行ったカラオケで一番上手かったためヴォーカルを目指すことになった。また、現在の所属レーベルビーイングの先輩であるB'zの大ファンであり、彼らの影響も受けたと自身のブログで語っている[4]。高1でコピーバンドを結成。高3でボイストレーニングを始める。高2でモテることに目覚め、校内自分プロモーションの結果憧れの先輩ランキング2位になったことも重なり、卒業前の学園祭で組んだバンド(JZEIL)が大好評。卒業後も続けることになる。ライブは後輩や友達が来て満員となり、すぐに事務所がついたほどだった。SIAM SHADEの後輩バンド「JZEIL」(ジェイル)のボーカルとして活動。当時は様々なヴィジュアル系バンドが活動する中で、彼らも金髪とド派手なメイクとセクシーな衣装がトレードマークだった。各音楽誌からは「何と言ってもカリスマボーカリストであるDAIGOが聴き手を吸い込んでしまうほどの独自の世界観を演出」「ロックシーンを塗り替える」[5]という期待を受けプロへの誘いもあったが、結果が出ず2001年9月25日バンドは解散。「(2ndミニアルバムは)カッコ良い曲はカッコ良いんですけど、俺のキャパを超えている曲もあったりして、すごいシャウトする曲とか。(「自分の声質に合わない」[6])それでちょっとずつ、よりヘビーな方に行きたいっていうメンバーとキャッチーなメロディがあるものを歌いたいっていう俺が分かれて来て、”ちょっとここらで1回離れた方がいいんじゃない?”って切りだしたんですよね」[1]。デモテープ2本、インディーズCD1枚、ミニアルバム2枚をリリースした。当初のヴィジュアル系ルックスから、1stミニアルバムでグラムに(楽曲は普通のロック)、1stフルアルバムで楽曲は洋楽テイストに変化。パンチの強いヴォーカルや高い張り上げヴォイスは現在の面影がない程であった。年間100本のライブを行い、韓国へも行った。

2001年 - 2007年 (DAIGO☆STARDUST)編集

バンド解散後、「DAIGO with The space toys」という名前でソロ歌手としての活動を始める。河村隆一のライブのオープニング・アクトが初ステージだった[1][7]。地道にライブハウス等での活動を続けていた2003年、彼を撮影していた写真家加藤正憲によって氷室京介を紹介され、1対1で会うこととなる。その際に才能を見出され、「何かしら力になってあげたいよね」とのことで氷室自らデビュー曲のプロデュースを申し出る。以前からBOØWYより多大な影響を受けていた彼にとっては願ってもない出来事であった。[8]そして2003年7月21日、25歳でDAIGO☆STARDUST(ダイゴ スターダスト)として、氷室自身が再始動する際に作曲した「Claudia」の曲に違う詞をのせた形の「MARIA」でメジャーデビューを果たす(オリコンチャート64位)。ただ、当時は「竹下登の孫」である事実を自らは公表していなかった(後述)[9]。リスペクトしてやまない人物の一人デヴィッド・ボウイの“火星から舞い降りたロックスター”「ジギースターダスト」から名前をとった。「カメレオンのように変化していく人に惹かれます。デヴィッド・ボウイを見習ってばりばりのグラムでやることにした。」[10]

デビュー当時、ドラマやCM出演など期待されていたが売れず、「一つの新しい発明」くらいに真剣にやっていたものが、[11]「そもそもスペイシーってどうなの?」「自分でも一回フラットに考えたいなと思い」事務所に話しフリーに戻る[1]2006年10月、レコード会社との契約が切れたが活動は続けた。セックス・ピストルズをカバーしたり自身の曲をパンクにしたDAIGO☆PUNKSの活動も行った。[12]「後期からだんだん書く曲もバンド感が濃くなって」「そろそろ新しいことをしたい。暴れたい感じ。シャウトしたい。」「メロディが奇麗な曲が大好きで、そういう歌を中心に歌ってきたんですけど、そこからはみ出したい。」[13]といった理由から2007年6月4日、DAIGO☆STARDUSTを封印した。

2007年 - 2013年 (BREAKERZ)編集

2007年に音楽活動の拠点をビーイングに移し、3人組ロックバンド『BREAKERZ』として活動を開始。同時にDAIGOに改名し現在に至る。「BREAKERZは終電」「生涯最後のバンド」とし[14]、バンド名には「自分の限界やジャンルの壁をブッ壊して新しいモノを作っていく」という思いが込められている。2007年7月25日、1stアルバム「BREAKERZ」でデビュー。(オリコンチャート300位以下) 当初はクールなロックバンドを目指し一切MCをやらない、笑わないというルールで、楽曲も現在と比べると洋楽っぽかったりダークな世界観のあるものだった。(JZEILに比べメロディ主体。) 2007年10月姉の影木栄貴に「世界バリバリ☆バリュー」“私の家族は有名人”特集の出演依頼が来た際、姉はバンドを結成したばかりのDAIGOをメインに使うことで出演許可を出した。家族全員と自宅を公開しなければいけなかったが「おばあちゃん(竹下直子)が駄目と言ったら断念だね。そういう話をしていました。」[15]しかし祖母は快諾、家族で出演し話題となった。後日VTRを見た番組の方がDAIGOを気に入り、スタジオゲストとして何回か出演。タレント事務所(A-PLUS)に勤めていた元クラスメイトにマネージメントについて相談し、事務所社長と会うことに。社長はDAIGOのキャラを大絶賛、タレントDAIGOが誕生した[2]

改名後は「竹下登の孫」であることを公表、同時にBREAKERZの知名度も上昇した。祖父ネタは「開き直り」「出し惜しみなく、フルに活用していくように」。[16]また、元首相の孫とは思えぬ若者言葉で話すギャップ性や、親指を立てたコルナで手の甲を表に向け、腕をクロスさせるポーズと共に発する「うぃっしゅ!」という決め台詞が流行するなど、テレビタレントとしても人気を博している。

1stシングル「SUMMER PARTY」(2008年7月、オリコンチャート10位。以降トップ10内連続チャートイン)は「せっかくだしちょっとロックと自分の個性(「自分ではフツーだと思ってたこの”しゃべり”」)、メディアリンクも含めてそういう曲を!」と作り、タレント活動について他のメンバーも「バンドの彩りを豊かにしていく」と前向きに捉えている。ライヴは「基本ロックだけれど初めて見る人でも楽しめるようエンターテイメントに」また、BREAKERZが男性ファン2%ということに対し「男性ファンが増えてくれるのはもちろん喜ばしいですけど、俺は女性ファンのほうがうれしいです(笑)」とまで語っている。[17] 「テレビなんか出ないぜ!っていうロッカーなスタイル、俺はすごい好きです。だけど俺の場合、固定観念に縛られてると逆に表現に足かせがかかっちゃう。だから、自分のスタイルを貫くことこそ、ロックだと思うんだ。」[18]「今は、歌もバラエティーもすべてガチでやりたいんです。やらせてもらえる今の環境にいるからこそ、オファーには期待をすべて裏切らないように応えたいんですよ。ニーズには応えたいタイプなんでね(笑)」「今は何でも挑戦したい年ごろ(笑)」[19]「”人を楽しませたい欲”が強い」[20]と語りドラマ、ミュージカルなどに出演を果たした。

2013年以降 (再びソロへ、DAIGO☆STARDUST復活)編集

2013年4月BREAKERZの更なる飛躍の為[21]其々がソロ活動を開始。DAIGOは2013年7月31日ソロ第一弾シングルを発売した。(オリコンチャート8位)そして7月12日にDAIGO☆STARDUSTとして10年ぶりの復活ライブ[帰ってきたDAIGO☆STARDUST]を行う。一夜限りの復活ライブとなる予定だったが、あまりに反響が大きかったため、7月26日、渋谷公会堂にて追加公演[帰ってゆくDAIGO☆STARDUST]を行った。DAIGOとしてのライブツアーも行う予定。

家族・親族 編集

BREAKERZとしてのメジャーデビューを機に自らの出自を公表したが、30歳を目前にし、「そろそろやべぇな」という危機感から公表に至ったと述べている[23]。本人は、この出自公表以降のタレント活動を「おじいちゃんとのコラボ」または「featuring おじいちゃん」と称している。

2008年、おじいちゃんネタを封印すると関係者にメール。なんでもお盆に竹下元総理が枕元に立ち、何も言わず見つめていたそう。[24]しかし2009年には解禁している。

2008年10月、島根県で行われたトークショーに出演した際、ゲストとして大叔父で現職衆議院議員の竹下亘が出演、自身をよろしくと発言した。NHKは同時期から、「DAIGOの同局への出演そのものが、竹下亘の選挙活動に有利に働く」との理由で出演を見合わせており、事実上の「出入り禁止」扱いとなっていると報じられた[25]。しかし、ここ最近は同局への出演機会が増えている。

交友関係 編集

  • メジャーデビューのきっかけを作った氷室京介を神と崇め崇拝しており、かつてはファンクラブの会員だったこともあるほど(他にファンクラブに入ったことのあるアーティストは黒夢[1]

ライオンのごきげんよう』に出演した際、「氷室さんがいなかったら自分はデビュー出来なかったかもしれない」と語っている。自身初の武道館ライヴ(2009年)では氷室の「ライヴハウス武道館へようこそ!」の伝説の言葉を本人公認で使い、それを紹介した「笑っていいとも」では氷室の真似の”ロックステップ”を披露。受けがいい為現在もよく使っている。

特にyasuとは週5でご飯する程の仲である。L'Arc〜en〜Cielのライブを見に行った際に、hydeの熱狂的ファンであるyasuと出会い、それ以来の付き合い。祖父の名前を公表するか迷っていた時にyasuに相談したところ、「音楽ができなくなるわけじゃない」「家族なんだから何も後ろめたいことない」と言われ[26]、今に至る。 また、ブレーク前の2007年に、Acid Black Cherry主催イベント「SWAPPING ROCK PARTY!」にBREAKERZとしてに出演、この時の転換中に行ったyasuとのコント中に「うぃっしゅ!」というDAIGOオリジナル「ロックポーズ」が誕生した(yasu曰く、本当のロックポーズは親指を立てず中指に付け悪魔の数字「6」を現すが、DAIGOが間違えてしまったらしい)。 Acid Black Cherryのカバーアルバム「Recreation2」に収録されている『大都会』にゲストヴォーカルとしてyasuとデュエットしていて、VAMPS主催HALLOWEEN PARTY 2010-2011に転換中のカラオケコーナーにて2人でコントを交え歌った事がある。

  • La'cryma Christi、現LibraianのボーカルTAKAについても「芸能界の兄貴」と呼んで慕っており、ライブ合間のMCの「だーれーかーなっ?」や「○○(メンバーの名前)を呼ぶ声が小さいな!」を真似している(使用許可は得ている)。また、メイクや髪型もTAKAの影響を受けている部分がある。しかし、TAKAの「後輩ランキング」では23位と意外にも低い順位らしい。

また、以前結成していたバンド「JZEIL」時代には元Due'le quartz雅(現:雅-miyavi-)や元DAS:VASSERの響兵などとも交流があった。

ディスコグラフィ 編集

BREAKERZについてはそちらの記事を参照。

JZEIL 編集

  • メンバーはDAIGO(Vo)HIRO(HIROYUKI)(Gt)YUJI(Gt)HITOSHI(日寿)<→後にDAIGO☆STARDUSTサポート、NEVER LAND加入。>(B)HIROSHI(Dr)の5人。
デモテープ
  • TRUE MIND -※GLITTER'S VOX収録
  • ONE NIGHT LOVERS -※同上
インディーズミニアルバム
  • GLITTER'S VOX(99年10月1日、glam&glitter RECORDS)
  • THE VERY BOTTOM(01年6月6日、同上)-元THE YELLOW MONKEYのサポートKey三国氏がプロデュース
インディーズアルバム
  • Tension250(00年8月28日、同上) -   同上

DAIGO☆STARDUST 編集

シングル
  1. MARIA(2003年7月21日、ビクター)
  2. 永遠のスペースカウボーイ(2003年10月22日、同上)
  3. ROCK THE PLANET(2004年4月21日、同上)
  4. デイジー/SUMMER ROSE(2004年7月21日、同上)
  5. SCAPEGOAT(2005年6月22日、同上)
アルバム
  1. The space toy(2003年11月21日、ビクター)
  2. HELLO CRAZY GENTLEMAN(2005年11月23日、同上)
ベストアルバム

DAIGO 編集

シングル
  1. いつも抱きしめて/無限∞REBIRTH2013年7月31日、ZAIN RECORDS)
  2. BUTTERFLY/いま逢いたくて…2013年12月4日、同上) 
アルバム
  1. DAIGOLD2014年3月5日、ZAIN RECORDS)

ga-chi-de DAIGO 編集

番組内企画ミニアルバム
  • 黒い薔薇のかほり(2009年12月2日発表・2010年3月、抽選で1万人に着うたフルで、無料配信される。・バンド名「ル・クルーゼ」名義、コーナーテーマ曲、2010年2月BREAKERZのライブでも披露された。2010年3月17日放送の「いいとも!」で無料配信の応募は18万909件で、その中から1万人が当選したが、DAIGOも応募して当選したことが分かった)
  • ポン・チー・カン(2009年12月9日発表・バンド名「マンチカン」名義)
  • 黒い稲妻のイルミネーション(2009年12月16日発表・バンド名「ブラックサンダー」名義、BREAKERZライヴでX'masメドレーの一曲として披露されたことも。)
  • VIVA!凱旋門(2010年1月6日発表・モン・シュシュのテーマ曲として作成(公認されているわけではない))
  • GO!GO!1000(ゴー!ゴー!サウザンド)〜第五行進曲〜(2010年1月27日発表・バンド名「チヒロバンド」名義)
  • スクランブル喜怒哀楽 (2010年2月3日発表・ユニット名「PARM」(ピーエーアールエム)名義)
  • 情熱のバルセロナ(2010年2月10日発表・ユニット名「アメーラ」名義、渡辺直美とのユニットで、DAIGOと一緒に歌った)
  • ホルモンダンス(2010年3月24日発表・ユニット名「シロコロ」名義)

森田一義アワー 笑っていいとも!』水曜日のコーナー「発表!知らなきゃイケない!?最新ワード展覧会」で発表。作詞・作曲DAIGO。いずれも作成期間わずか1週間。最新の流行ワードを絵にするコーナーで本来の意味と違う絵(ビジュアル系バンドなど)を描いたことにより、「じゃあ来週このバンドの曲を探してみよう」という流れになり、本物のバンドがいるという体(てい)で次の週のいいともまでに曲を作ったというものである。しかし、バンドの絵を描いていないのに無茶ぶりで無理やり曲を作らされることもある。それとは逆に、誰からも話を振られていないのに自分から歌手の絵をわざわざ間違って描き、その歌手の曲を作ることに自分から飛び込むこともあるなど、サービス精神旺盛な一面を見ることができる。また、作った曲のラストは曲調と関係なくすべてDAIGOのデスボイス(シャウト)で終わるというオチがある。2010年3月31日の放送において着うたの応募が予想以上に多かったため、これらの曲をDAIGO名義によるコンピレーションCD『発表!知らなきゃイケない!?最新ワード展覧会』(ZAIN RECORDS)として5月12日に発売することを発表した。(オリコンウィークリーチャート最高6位)


参加ユニット

BUSHI★7編集

  • ブシロード7周年記念ユニット
シングル
タイアップ
  • V-ROAD ・テレビ東京系「カードファイト!!ヴァンガード レギオンメイト編」オープニング曲

編集

  • DAIGO ROCK(2008年10月14日、ゴマブックス)フォト&エッセイ公式ガイド本
  • DAIGO POP(2008年12月2日、ゴマブックス)フォト&ブログ(2006.5-2008.10)本
  • DAIGOの支持率急上昇!?(2010年9月4日、東京ニュース)TV Bros.とTVガイドでの連載コラム再編など

写真集 編集

  • DAIGOING L.A.(2009年9月10日、学研)

漫画 編集

  • シザーシスターズ(2011年10月18日、角川書店、アルティマエース創刊号から連載→2012年11月4日からヤングエースに移籍)姉の影木栄貴とともに原作者である。
    (コミックス第2巻(第1部完))現在連載が難しくなり休止中。[27]

雑誌連載編集

  • TV Bros.(2008年8月-2009年5月、東京ニュース通信社)
  • TVガイド(2008年7月-2010年4月、東京ニュース通信社)

出演 編集

テレビ 編集

レギュラー 編集

準レギュラー 編集

過去のレギュラー番組 編集

テレビ 編集

ラジオ 編集

  • The Space Toy(AIR-G'、- 2005年12月29日)

WEB編集

レギュラー編集

  • DAIGO P (ニコニコ生放送、2010年1月27日-)月1レギュラー

映画 編集

テレビドラマ 編集

舞台 編集

ミュージカル 編集

PV編集

  • ゴールデンボンバー「101回目の呪い」(2014年1月1日)

声優 編集

テレビアニメ 編集

2012年

2013年

  • カードファイト!! ヴァンガード リンクジョーカー編(DAIGO)

劇場アニメ 編集

2009年

吹き替え 編集

CM 編集

ポスター 編集

ドラマCD 編集

玩具 編集

その他制作活動編集

その他活動編集

  • 島根県PR大使(2013年7月31日-)島根は祖父母の生まれ育った地である。

受賞歴編集

  • ネイルクイーン メンズ部門(2008年
  • ベストスマイル・オブ・ザ・イヤー(2008年
  • ブログ・オブ・ザ・イヤー アーティスト部門(2008年
  • ベストジーニスト 協議会選出部門(2009年

脚注・出典 編集

テンプレート:脚注ヘルプ

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 テンプレート:Cite book
  2. 2.0 2.1 テンプレート:Cite book
  3. ロックアーティストになろうとDAIGOさんが意識しはじめたのは? LipLog 2008年9月2日
  4. テンプレート:Cite web
  5. 「Tension250」CD評
  6. 「ROCK AND READ 048」シンコーミュージック、2013年6月26日発売
  7. 「ROCK AND READ 048」シンコーミュージック、2013年6月26日発売
  8. 「ROCK AND READ 048」
  9. 竹下元首相の孫が歌手デビュー 讀賣新聞
  10. 「ロックジェット」シンコーミュージック”デヴィッドボウイ特集”2007年3月21日発売
  11. 「ROCK AND READ 048」
  12. 「ROCK AND READ 048」
  13. 「ロックジェット」シンコーミュージック2007年3月21日発売
  14. 「ROCK AND READ 048」シンコーミュージック、2013年6月26日発売
  15. DAIGOオフィシャルブログアメーバブログ 2008年9月9日
  16. 「ROCK AND READ 048」シンコーミュージック
  17. 音楽ニュースナタリー
  18. 「DAIGO ROCK」2008年発売、ゴマブックス
  19. 「ザ・テレビジョンHOMME(オム)」vol.4(2008年9月19日)
  20. 「ROCK AND READ 048」シンコーミュージック、2013年6月26日発売
  21. 「WHAT's IN? WEB」2013年6月19日
  22. フジテレビ系列クイズ$ミリオネア』2009年9月15日放送分、特番の「テレフォン」に出演。
  23. 引用エラー: 無効な <ref> タグ。「pittanko」という名前の引用句に対するテキストがありません
  24. リアルライブWEB 2008.8.28
  25. 東京スポーツ』2008年10月16日付記事。
  26. 「DAIGO POP」ゴマブックス2008年12月10日発売
  27. 「シザーシスターズ」担当者談
  28. ヴァンガードスペシャルカンファレンス3発表より。
  29. テンプレート:Cite web

外部リンク 編集

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