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つんく♂
基本情報
出生名 寺田光男
別名 HARRY DOLE
TSUNKU♂
二十九先生
つんくボーイ
出生 1968年10月29日(48歳)
血液型 B型
学歴 近畿大学商経学部[1][2]
出身地 日本の旗 日本, 大阪府東大阪市
ジャンル J-POP
職業 シンガーソングライター
作詞家
作曲家
音楽プロデューサー
芸能事務所社長
実業家
タレント
俳優
担当楽器 ボーカル
コーラス
ギター
活動期間 1988年 -
レーベル 1999 - 2006 zetima
2007 - TNX
事務所 TNX
共同作業者 鈴木Daichi秀行
鎌田浩二
高橋諭一
平田祥一郎
大久保薫
ハロー!プロジェクト
シャ乱Q
湯浅公一
ビートルズ
CHAGE and ASKA
西城秀樹
KAN
尾崎豊

つんく♂1968年10月29日 - )は、日本シンガーソングライター音楽プロデューサー実業家。本名、寺田 光男(てらだ みつお)。大阪府東大阪市出身。血液型B型身長170cm、体重58kg。

シャ乱Qのボーカルで、総合エンターテインメント事務所TNX(ティーエネックス)株式会社代表取締役社長。公式サイトには、「音楽家、総合エンターテインメントプロデューサー」と書かれている。

近畿大学附属高等学校近畿大学商経学部卒業[1][2]

つんくが楽曲提供した曲や、プロデュース作品の一覧はつんく提供楽曲一覧を参照。

略歴 編集

  • 1988年12月、はたけまことたいせーしゅうとともにシャ乱Qを結成。ボーカルを担当。
  • 1992年、シャ乱Qがメジャーデビュー。
  • 1994年MBSヤングタウンで競演するFUJIWARAの楽曲「明日が来る前に」のプロデューサーとしてプロデュース活動を開始。ただし、この時点では、プロデュースといっても、まだアドバイス的な役割に近かった。また、それ以前に明石家さんまへ提供する予定の楽曲を制作していたが、勝手に話が進んでいた事を不快に感じたさんま自身が断ったため、レコーディングは行われなかった。
  • 1997年よりモーニング娘。のプロデューサーを本格的に開始する。
  • 1999年11月3日、マキシシングル『TOUCH ME』でソロ・デビュー。
  • 2000年12月、シャ乱Qの活動を休止
  • 2001年4月、芸能活動、プロデューサーとしての活動での名前を「つんく♂」と改名する。作詞作曲する際の名前は「つんく」のまま。
  • 2002年2月、シャ乱Qのメンバー、まこと、元LOWDOWNのこーじと共にTHE つんくビ♂トを結成するが、活動を休止(期間限定説あり)。その後ソロ活動に戻り、2004年から2006年までモーニング娘。松浦亜弥などの提供曲のセルフカバーや、自身の青春時代の思い出の曲をカバーした3枚のアルバムをリリースし、ライブやディナーショーを開催。
  • 2006年4月3日放送の『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』の出演でシャ乱Q活動を再開。「堀内孝雄さんのおかげで、シャ乱Qの活動再開をしたくなった」との理由からである。
  • 2006年4月24日、博多華丸の仲介で12歳年下の元モデル出光加奈子とお見合い。6月8日、婚姻届を提出し入籍した(しかし、婚姻の理由などについて、これ以上の詳細は非公開としている。以降の家族構成なども不明である)。挙式は、同年8月10日、西本願寺にて仏前形式で行われた。
  • 2006年10月1日、総合エンターテインメント事務所「TNX(ティーエネックス)株式会社」を設立。ゲームソフトリズム天国などのプロデュースを手掛ける。
  • 2007年2月4日、北九州市長選挙で、柴田高博候補(自民・公明推薦)の応援に就く。飯田圭織矢口真里が同行した。
  • 2007年9月2日、テレビ東京系のドキュメンタリー番組『ソロモン流』で、「今、歌手として一番大切なのどに原因不明の病を抱え歌を歌う際に高い声が出難くなっている」と告白。また、「専門医の検査を受けたが治療法が未だ見つかっていない。」という。この影響からか、2009年12月31日 - 2010年1月1日に放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!大晦日年越SP・絶対に笑ってはいけないホテルマン24時』のエンディングで自身のヒット曲「シングルベッド」の替え歌を歌う際にキーを原曲よりも1音階低くして歌っていた。
  • 2007年9月と12月、自身の芸能生活20周年を記念して、作曲・作詞曲を収録した4枚組ベストアルバムを2枚をリリース。
  • 2008年4月29日、加奈子夫人が出産、双子(男児、女児の二卵性双生児)の父親となる。
  • 2008年10月29日、誕生日のこの日に『おもいッきりイイ!!テレビ』の「今日は何の日」で、半生を取り上げられる。
  • 2009年4月、シャ乱Qのファンクラブの解散に伴い、つんく♂単独のファンクラブ「つんく天然音泉」が発足。
  • 2010年5月29日、ファンクラブライブで披露された新曲を配信。同時に、今後「つんく♂の日(29日)」に新曲が「続々と登場予定」であることが発表された[3]
  • 2010年12月29日、ソロ名義として11年ぶりのシングル「To You」をリリース。
  • 2011年3月16日、第三子となる女児が誕生[4]
  • 2011年12月2日、母校である近畿大学の一日客員教授に任命される[1][2]
  • 2011年12月23日 アイドル育成型エンターテイメントカフェ「AKIHABARAバックステ←→ジpass」を秋葉原にてオープン
  • 2012年 4月 つんく♂がエグゼクティブプロデュースした映画「篤姫ナンバー1」が公開
  • 2012年 6月3日 「旅祭 -WORLD JOURNEY FESTA 2012-」に出演 【会場】東京・晴海客船ターミナル 特設会場
  • 2012年 7月25日発売 『もしも明日が~三木たかしトリビュート~』に参加。未発表曲「しょっぱいね」歌唱
  • 2012年 8月29日発売 中島卓偉のアルバム『アコギタクイ-共鳴新動-』に参加
  • 2012年 9月26日 シングル「しょっぱいね」発売
  • 2012年 10月下旬 パチンコ台、つんく♂プロデュース「CR 元祖ハロー!プロジェクト」(藤商事)全国導入開始
  • 2012年 12月6日(木)第45回日本作詩大賞「テレビ東京特別賞」受賞
  • 2013年 1月15日(火)シャ乱Q 結成25周年!再始動!』記者会見を渋谷eggmanにて行う。
  • 2013年 4月3日(水)近畿大学入学式に出演
  • 2013年 7月17日(水)シャ乱Q「シングルベッド」発売。
  • 2013年8月〜9月 「シャ乱Q 結成25周年記念ライブツアー 2013 秋の乱〜シハンセイキ伝説〜」(8月31日•Zepp Tokyo、9月6日•Zepp Nagoya、9月7日•Zepp Namba大阪、9月14日•仙台イズミティ21、9月21日•中野サンプラザ(追加公演))に出演[5][6]
  • 2013年 9月15日(日)シミズオクト Presents 氣志團万博2013 〜房総爆音梁山泊〜にシャ乱Qで出演
  • 2014年 3月 6日(木)喉頭がんを患ったことを公表した[7][8]

人物・エピソード編集

テンプレート:雑多な内容の箇条書き

  • 実家は乾物屋。大卒後、信用金庫に内定していたが2年間という条件で音楽活動を始めた。
  • 「つんく」という芸名は、小さいときに「つんくん」と呼ばれていたことから[9]とされていたが、2008年、NHKのスタジオパークからこんにちはにて、「本当の由来は、大学時代にある友人から付けられたことから」と発言した。
  • 浄土真宗本願寺派門徒でもあり、西本願寺結婚式を挙げた。
  • 菊池桃子のファンである。10代の頃はイベントや握手会などに行く程の大ファンだった。今でも当時の写真集を未だに大事に持っているという。また、彼女がイメージガールを務めていた「Momoco」も購読していた。
  • 幼少時代からかなりのお笑い好きで、人生で最初に購入したレコードはザ・ぼんちの「恋のぼんちシート」であることを公言している。
  • かつてとんねるずのラジオ番組などで「ハガキ職人」をしていたことがある[10]
  • 大阪近鉄バファローズのファンであり、子供のころはバファローズ友の会会員であった。その縁もあり、1997年4月8日、大阪ドーム初の公式戦(近鉄×ロッテ)の始球式をつとめた(後に東北楽天ゴールデンイーグルスの公式応援歌をプロデュースしている)。
  • 1999年台湾で起きた921大地震の復興のための募金活動を行うなど、ボランティア活動に熱心である。
  • 2005年4月統合によって新たに開校した大阪府立かわち野高等学校の校歌を作曲した(作詞は元国会議員塩川正十郎)。
  • 芸能界一「ヨシモト∞」が大好きで、2006年5月24日には楽屋ゲストを果たし、7月12日にも訪れた。雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!に出演した際、お笑い芸人になることを真剣に考えていたことを語っている。
  • 出身地である東大阪市のイメージソングを作曲し、歌を披露した。東大阪市のホームページで聞くことができる。また、市内のショッピングセンターなどのような場所でも流されることもある[11]
  • Mr.Children桜井和寿ウルフルズトータス松本、お笑いでは雨上がり決死隊FUJIWARAほっしゃん。宮川大輔アンバランスカラテカ原口あきまさ木村祐一博多華丸・大吉などの多くの芸能人と親交がある。
  • アマチュア時代・およびシャ乱Qブレイク前時代の苦労はモーニング娘。の39thシングル「しょうがない 夢追い人」にも描写されている。テンプレート:要出典
  • 醤油マニアである。夫人は福岡県出身で、夫人の作った料理で甘口の醤油の味を使ったところ、料理の味付けがしっくり来なかった。そこで、全国から醤油を集め、二人が合う醤油を探した[12]
  • 中学時代は陸上部に属し、熱心にやっていた。[13]
  • モーニング娘。への提供曲『LOVEマシーン』はシャ乱Q時代の未発表の曲をアレンジしたものである[13]
  • 恋のダンスサイト の「セクシービーム」は、もともとFUJIWARAの原西孝幸の当時のネタだった「チクビーム」で、笑いの壺にはまったつんくが気に入ったものである[13]
  • 秋元康に「モーニング娘。のメンバーと結婚しろ」と言われたこともあるが実際にはそうしなかった。
  • 2010年元日、人気者でいこう!芸能人格付けチェックに参加、GACKTとタッグを組み、一流芸能人を獲得した。
  • 双子を両手でそれぞれ抱いて「シングルベッド」を歌ってあやした。その双子も今「シングルベッド」をフルで歌える[12]
  • 雑誌an・anで嫌いなアーティスト2位に選ばれたことがある。(1位は河村隆一)
  • モーニング娘。のプロデューサーとして売れる前にミュージックステーションで「私なんか今まで寝た女の中で一番いい女はおかまでしたからね~!」と発言した!その後司会者のタモリに「おかまだって分からなかったの?」と聞かれ「分からなかった。」と発言した。2000年秋にその発言がきっかけでつんくおかま疑惑がインターネット上で浮上し悩んだあげく2001年4月に「つんく」から「つんく♂」に改名するきっかけとなった。
  • 無名時代、水道橋でナンパした女性と久しぶりにテレビで再開した際、『今は金持ってまっせ~!』と発言した。

プロデューサーとしての特徴編集

  • 2000年4月に「つんく♂」と改名。作詞・作曲クレジットも同様である。
  • モーニング娘。をはじめ、プロデュースする歌手をアイドル扱いされることを嫌い、本格派のヴォーカルダンスグループをプロデュースしていると自信を持って自負する拘りがある。また、これに関したことで、アイドルとは周りが評価するものであり、自身をアイドルと思い誤った認識を持つ者がオーディションを受けに来ても絶対に採用しないと語っている。
  • うたばんに出演した際、司会者に「楽曲提供をしないのか」と問われ[14]「曲は自分の子供のようなもの。人に提供する気はない」と返答をした。
  • モーニング娘。のプロデューサーとしての活動を始める時に「バンド活動の経験を活かして、プロデューサー業に進出したくなった」と言っていた。
  • 音楽評論家であった福田一郎と親交があり、モーニング娘。のプロデューサーになる事が決まった時に、プエルトリコのアイドルグループ「メヌード」を参考にする様にアドバイスされたという。
  • 週刊文春』連載の阿川佐和子と毎回のゲストとの対談コーナー「あの人に会いたい」において、「いくら自分の音楽性やスタイルがあったとしても、売る側の都合によってそんなものは変えさせられてしまうんだから、自分は音楽においてポリシーや信念などは持たないようにしている」という趣旨の発言を残している。
  • 作詞家の阿久悠を尊敬しており、作詞など影響を受けた部分もあるという。またピンク・レディーがモーニング娘。に与えた影響は大きく、活動当時にメンバーを増やす構成をされていたらそのアイディアは使えないため、モーニング娘。は存在しなかったと阿久悠の追悼特番で発言している。
  • レコーディングではモーニング娘。のそれぞれの個性を出すため、別室で個別にアドバイスを行うようにしている。
  • プロデュースするうえの苦労話として、国民の中から選び抜かれた美女集団の中で仕事をすることは拷問に近いと告白している。その理由として健全な男であれば美女が好きであり、当然異性として相手を見たい気持ちにもなることもあるが、それではプロデューサーとして務まらない。そのため如何に自身やメンバーに異性を感じさせないかが大事なのであると告白している。また、そのような女の子を好きな気持ちを楽曲にぶつけることにより良い楽曲が生まれるのだと雑誌の対談で語っている。加えてオーディションでの選考基準の一つとして、「この子が20歳位になったとき、自分の好みにピッタリはまるなという様な子は、どれだけ光っていても選考から外す」とも語る。
  • 髪型を変えることを渋ったり、撮影水着になることを躊躇するほどアイドルとして大成しにくいと考えている[12]

主な使用楽器 編集

ギター 編集

主にアコースティックギター使用する事が多いが、レコーディングや、プロデュースしたアーティストステージにおける演奏などでサポートとしてエレキギター使用する。

ヤイリギター(Yairi Guitar)
90年代頃からシャ乱Qの演奏で使っているアコースティックギター現在は作曲にも使用している。通常レコーディングでは、ギブソンマーチン使用するつんく♂だがライブになるとギブソンマーチンギターマイクピックアップをつけてもなかなかを拾い切れないハウリングを起こすなどの理由から、ハウリングを起こしにくい(音を拾うセンサーが付いている為)ライブ用のギターとして当時から好んで演奏している。2013年現在のシャ乱Q演奏ではもちろん、堀内孝雄との共演などでも使われ使用頻度は高い。オベーションに次いで長く愛用しているギターであり、つんく♂代名詞とも言えるギターである。通常の色のほかに真っ白なカラーの物、黒いカラー涙の影等で使用することのある特殊な柄の入ったもの等、これらの他にも確認できるだけで多数所有している。だが、これらの使い分けの基準は不明である。1995年シャ乱Qつんく♂使用モデル(形式YD87)として高額で販売された。現在は入手困難とされている。[15][16]
オベーション(Ovation Guitar)
上・京・物・語発売の後ツアー用としてローンを組んで購入した。現在は作曲用のギターとして使用されている。2009年時点で、7,800曲以上をこのギターで作曲したのではないかとつんく♂自身が語っている。上・京・物・語演奏などではヤイリギターを弾くイメージが強いが、初期はこのギター上・京・物・語シングルベッド等の楽曲を演奏していた時期がある。[17]
ギブソン・ハミングバード(Hummingbird)
つんつべ♂出演時、新垣理沙(元モーニング娘。)との演奏において使用されている。自身のライブ映像やテレビ出演時の演奏では其の殆どがヤイリギターを用いる為、このギターでの演奏確認できる機会は少ないといえる。[18]
テレキャスター レリック(telecaster relic)
レコーディング用のものだと思われる。近年のジャケットや特集記事、インタビューの見出しでは、このギターを抱えている写真が多く使われている。[19]


音楽 編集

ソロ活動・プロデュース・音楽監督等の個人名義での作品記述する。シャ乱QTHE つんくビ♂トについては各項目を参照のこと。

代表曲 編集

TOUCH ME #1
作詞・作曲はつんく、編曲は松原憲。本格的なソロデビュー作。
ここにいるぜぇ!
作詞・作曲はつんく、編曲は鈴木Daichi秀行。原曲のモーニング娘。のドラム音が生音に対し、彼の曲は、打ち込みになっている。
草原の人
作詞は加藤和枝(美空ひばり)、作曲はつんく、編曲は鈴木Daichi秀行。彼曰く、「美空さんの歌詞を自分で曲を付ける事が出来るのは、年末ジャンボ宝くじの当選並み」とのこと。原曲は松浦亜弥。
FOREVER〜あなたに会いたい
作詞はつんく、作曲は大野愛果、編曲は平田祥一郎。長戸大幸からは、「いろんな人が彼のために手がけてくれた。彼がビーイング系の作曲家の曲を歌うのは想像できないだろうな」といわれているが、「大野愛果に依頼して作った」と語っている。アルバム「タイプ2」に収録。
焼酎ロック〜結婚しよう〜
作詞・作曲はつんく、編曲はThe つんくビ♂ト。つんくビ♂トやつんくのライブで歌われた未発売曲。

シングル 編集

  1. LOVE〜Destiny〜/LOVE〜since 1999〜(1999年4月28日、EPCE-5020 つんくwith7HOUSE / 浜崎あゆみ&つんく両A面)
  2. Touch me #1 / Touch me #2 / Touch me #4(1999年11月3日、EPCE-5036 TSUNKU名義)
  3. To You(2010年12月29日、GFCG-12901)
  4. しょっぱいね(2012年9月26日、EPCE-5904)

アルバム 編集

  1. TAKE1(2004年2月18日、EPCE-5266)
  2. タイプ2(2005年7月13日、EPCE-5361)
  3. V3~青春カバー~(2006年6月28日)

作品集 編集

  1. つんく♂ベスト作品集(上)「シャ乱Q〜モーニング娘。」〜つんく♂芸能生活15周年記念アルバム〜(2007年9月26日)
  2. つんく♂ベスト作品集(下)「シャ乱Q〜モーニング娘。」〜つんく♂芸能生活15周年記念アルバム〜(2007年12月5日)

DVD 編集

  1. つんく♂ ファン感謝祭 2003 (2003年、ファンクラブ限定販売)
  2. すっぽんNIGHT! 〜つんく♂とあつし〜 (2003年10月31日、ファンクラブ限定販売)
  3. つんく♂ TAKE1 Live 〜春やねん!〜 (2004年、ファンクラブ限定販売)
  4. つんく すっぽんライブラリー DVD-BOX 1(2004年12月29日、GFV-34001)

配信楽曲 編集

  1. 若い男が好きだ。変な意味ではない。〜KINGのうた〜(2006年、着うた配信のみ、「講談社『KING』CMソング 作詞:谷山雅計 作曲・編曲:織田哲郎)
  2. リゾナント ブルー(2008年5月2日、原曲:モーニング娘。 作詞・作曲:つんく 編曲:鈴木Daichi秀行)
  3. (2010年5月30日、着うた配信、作詞・作曲:つんく 編曲:上杉洋史)
  4. ダイハツムーブCM曲「ズルい女」(2010年9月11日、着うた配信、作詞・作曲:つんく)
  5. 東日本大震災被災者応援楽曲「Love is here 〜希望の光〜[20][21](2011年3月22日、You Tube・ダウンロード無料配信、作詞・作曲:つんく♂ 編曲:織田哲郎)

書籍 編集

一般書籍編集

  • ホットドッグ・プレスに連載されていた「つんくの四位狙い」1998年8月10日号-2000年9月11日号に一部加筆したもの。
  • 「つんくの四位狙い」を最終回まで書籍化。
  • 週刊モーニングの2003年35号-2004年48号まで連載された「つんく♂のモーニング。(娘抜き)」に加筆、再編集したもの。

写真集 編集

  • つんく♂フォトギフト〜inラスベガス&ハワイ!〜タイプA(COOL)(2005年9月、GFG-79207 グッドファクトリーレコード)
  • つんく♂フォトギフト〜inラスベガス&ハワイ!〜タイプB(NATURAL)(2005年9月、GFG-79208 グッドファクトリーレコード)

出演 編集

テレビ 編集

ドラマ編集

  1. 1.0 1.1 1.2 テンプレート:Cite web
  2. 2.0 2.1 2.2 テンプレート:Cite web
  3. テンプレート:Cite web
  4. テンプレート:Cite web
  5. テンプレート:Cite web
  6. テンプレート:Cite web
  7. テンプレート:Cite news
  8. テンプレート:Cite web
  9. 「ポジティブ本」P49道重さゆみとの対談の中で。
  10. 野猿オールナイトニッポン」2001年2月23日放送
  11. 東大阪市公式 イメージソング
  12. 12.0 12.1 12.2 チューボーですよ!」2011年5月28日放送分
  13. 13.0 13.1 13.2 ウチくる!?』2010年5月30日放送分より
  14. 当時、小室哲哉小林武史伊秩弘将などのプロデューサーが脚光を浴びていた
  15. ヤイリ
  16. ◆K.Yairi◆ヤイリ◆YD87N◆フィッシュマン◆シャ乱Q◆
  17. 験を担ぐ
  18. 2012年6月22日オンエアー『つんつべ♂』バックナンバー#52
  19. [1]
  20. つんく♂オフィシャルサイト
  21. YouTube
  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 関西出身の人物なので、関西弁で演じている

アニメ編集

  1. 関西弁で演じている

ラジオ 編集

  • つんくばん(2001年8月18日 - 2002年10月5日、TBSラジオ
  • JRAサウンドコース(1998年4月 - 2000年3月、fm osaka
  • シャ乱Qのオールナイトニッポン(1992年7月、ニッポン放送
  • シャ乱Qつんくのオールナイトニッポン(1996年7月 - 1997年9月、ニッポン放送)
  • シャ乱Qつんくのギラギラきてるかい(1995年 - 1996年、ニッポン放送)
  • ロックン天国(- 1997年3月、NHK-FM
  • MBSヤングタウン(1993年4月 - 1996年3月、毎日放送

映画 編集

CM 編集

その他 編集

  • DVD つんく♂のマジカデミステリーツアー in 対馬(2004年4月27日、GVF-35001)

プロデュース 編集

総合プロデュース編集

ミュージカル音楽編集

  • LOVEセンチュリー -夢はみなけりゃ始まらない-(2001年、音楽監修・プロデュース)
  • モーニング・タウン(2002年、作詞/作曲・原案・脚本・総合プロデュース)
  • 新・演歌の花道(2002年、音楽プロデュース)
  • けん&メリーのメリケン粉オンステージ!(2003年、音楽・監修・総合プロデュース)
  • 草原の人(2003年、音楽・原案・総合プロデュース)
  • 江戸っ娘。忠臣蔵(2003年、音楽・原案・プロデュース・総合プロデュース)
  • リアルオーディション!!(2004年、音楽・原案・総合プロデュース)
  • サヨナラのLOVE SONG(2004年、音楽・原案)
  • おかえり(2004年、音楽・原案)
  • HELP!!熱っちぃ地球を冷ますんだっ。(2004年、音楽・原案・総合プロデュース)
  • ふしぎ少女探偵 キャラ&メル (2005年、作詞/作曲)
  • つんく♂タウンTHEATER 旗揚げ公演 第一弾時東ぁみ 座長公演「CRY FOR HELP! 〜宇宙ステーション近くの売店にて〜」(2006年、音楽・原案・総監修)

テレビ音楽編集

映画音楽編集

アニメ音楽編集

イナズマイレブン青春バスガイドのed2以降から作詞・作曲者としている

映画編集

  • つんくFILMS
    複数監督のオムニバス映画をミニシアター上映
    • 東京★ざんすっ(2001年公開、東映) - 音楽監督も兼任
    • マネーざんすっ(2001年公開、東映)
  • つんくタウンFILMS
    デジタルシネマによる地方都市上映
    • LOVE/JUICE (2000年公開)
    • とっかえっ娘。(2001-2002年公開)
    • ナマタマゴ(2001-2002年公開)
  • 篤姫ナンバー1(2012年4月7日公開)エグゼクティブプロデューサー。クラブの常連客としてカメオ出演もしている[3]

映画原案編集

  • 青春ばかちん料理塾(2003年公開、東映)

ゲーム編集

飲食店 編集

  • It’s a GOHAN world (日本橋 2006年12月20日 - 2007年6月)

米をテーマにしたダイニングバー。

  • かりふわ堂 [4]
    • 下北沢本店(2010年12月1日(通常営業開始日。他店も同様。) - )[5]
    • 新宿店(2008年3月17日 - )[6]
    • 六本木店(正式店名「お好み焼き 鉄板焼き 極みKARIFUWADO」2008年10月2日 - 2012年)[7]

お好み焼き屋。正式な店の名前は「お好み茶屋 かりふわ堂」。 「本場大阪の味が東京で楽しめる[8]」「国産食材のみ使用し、ソースもオリジナルで無添加。出汁や生地には化学調味料不使用」と謳っている。

  • AKIHABARAバックステ↔ジpass(2011年12月23日 - )[9]

AKIBAカルチャーズZONE6階。志倉千代丸の共同プロデュースによるアイドル育成型エンターテイメントカフェ。「つんつべ♂」の中でキャストの出演や店内での収録が行われている。

イベント編集

「真剣 女の陣 ザ☆キラーコンテンツ!」[10] アイドル、素人問わず女性がリングを使って繰り広げる新しいエンターテイメント。2011年6月までに2回開催。

脚注 編集

外部リンク 編集

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